婚姻費用を無視して兵糧攻めしたら有責配偶者とされた裁判例の解説。神奈川県厚木・横浜市の弁護士

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よくある質問

 

Q.婚姻費用無視で有責配偶者に?

婚姻費用の支払いを停止し配偶者を経済的に追い詰める「兵糧攻め」が、有責配偶者認定の理由となった判決が注目されています。

東京家庭裁判所令和4年4月28日判決では、4年6か月の別居期間中に婚姻費用分担義務を履行せず、妻子を経済的困窮に追い込んだ夫の離婚請求を棄却。

信義誠実の原則に反する行為として厳しく判断されました。

離婚を有利に進めるようとしたのか、経済的圧迫が、かえって離婚請求の棄却を招く重要な先例として、大きな影響を与えています。

この記事をチェックすると良い人は、次のような人。

  • ・婚姻費用の支払い問題を抱える当事者
  • ・離婚を検討中で別居している配偶者

 

著者 弁護士石井琢磨

 弁護士石井琢磨
 更新:2025.7.18

兵糧攻め判決とは?

本件は、長年にわたり別居が続く夫婦の離婚請求に関し、夫(原告)が婚姻費用を一切支払わず、いわば「兵糧攻め」を仕掛けるような行為を続けた結果、裁判所が「有責配偶者」と認定し離婚請求を棄却した珍しいケースです。

本来、兵糧攻めとは、中世の包囲戦で敵の城に食糧を入れさせず、飢えさせて降伏を迫る戦術ですが、本件ではまさに経済的に配偶者を追い込むことで離婚を有利に進めようとした"攻め"が問題となりました。

弁護士が主張書面の中でこのような表現を使ったことで、判決文にも使われたようです。

東京家庭裁判所令和4年4月28日判決です。

兵糧攻めイメージ

 

事案の背景:別居開始から「経済的包囲網」まで

平成18年に婚姻、翌19年・23年に長男・二男をもうける。

平成29年7月、突然に夫が単身で新居へ転出し、妻と子どもたちとの別居を開始。妻子は夫所有のマンションに居住を続ける。

平成30年2月まで毎月46万円(生活費等)を妻へ給付し、そこから妻から家賃として月額23万円の支払いを受けるようになった。

同年7月、離婚調停を申し立て調停不成立となるや、生活費の支払いをピタリと停止

支払い停止後、妻は家賃23万円も支払えず、結果的に子どもたちの住宅的基盤が脅かされる形に。

さらに令和元年8月には、「自分が貸主」と主張して未払い家賃の請求訴訟を提起。

しかし、令和3年6月に「賃貸借契約は成立していない」として夫の請求は棄却され、この判決は確定。

妻は令和元年10月、婚姻費用分担調停を申し立て、令和3年3月に不成立となり審判に移行。

同年7月、東京家庭裁判所は原告に対し、平成31年2月からの未払分799万9000円と、令和3年7月以降の月額25万8000円を被告に支払うよう命じる審判を下し、この審判は確定。

しかし、夫は、離婚裁判一審の口頭弁論終結時に至るまで、婚姻費用分担金の支払を一切しなかった。

こうした振る舞いは、まさに妻子を経済的に「城内に閉じ込め」、食糧(=婚姻費用)を断つ兵糧攻めといえるでしょう。

時系列

 

 

夫の言い分

被告は、原告との婚姻の届出をした当初から、高級なマンションに居住して生活水準の高い暮らしを享受することを希望しており、原告は、被告が家事育児を担うことで原告の私生活を支えることを希望していた。

被告は、平成24年頃、Eの居室の購入を強く希望するようになった。原告は、同物件は価格と品質とが釣り合っておらず、これを購入することには気が進まなかったが、被告が原告の考えを無視して交渉を進めるなどしたことから、不本意ながらこれを購入した。

こうしたこともあって、原告と被告との関係は、遅くとも平成24年頃には良好なものではなくなっており、平成26年春頃には家庭内別居状態になっていた。

他方で、原告は、被告の希望をかなえるため、夜遅くまで働いていた。

しかし、平成27年頃になると、原告が午前5時頃に仕事に疲れて帰宅しても、浴室が洗濯物で埋め尽くされているなどして、シャワーを浴びることすらできなかったり、自動掃除機を使うために椅子が机の上に積み上げられていて、座って休むことすらできなかったりすることが度々あって、原告が家庭内での居心地の悪さを感ずる機会が増えるようになった。

被告は、原告との不仲から生ずるストレスのためにかんしゃくを起こし、長男を怒鳴り付けてしまうことがしばしばあったところ、平成28年頃には、長男が原告と被告とが不仲であることを察して暴れたりするようになった。原告は、被告がかんしゃくを起こしてしまうことを避けるためにも、原告と被告とが別居することが不可欠であると考え、単身で引っ越す準備を進めて、平成29年7月31日、被告並びに長男及び二男との別居に踏み切った。

このように原告と被告との間には性格、価値観等の不一致があったところ、原告が被告との別居に踏み切ってから、既に4年以上が経過している。この間、原告が被告との婚姻関係の修復を求めていなかったことはもちろん、被告も原告との婚姻関係の修復のための努力をしてこなかったのであって、原告と被告との婚姻関係に修復の可能性がないことは明らかである。

夫の言い分

LINEで取り上げられた事実

夫婦関係の破綻状況では、LINEのやりとりが証拠提出されることも多いです。裁判所も証拠から一部認定しています。

原告が、平成28年3月26日、被告に対し、「相変わらず、怒鳴りすぎ。もう少し何とかならない。虐待に近いかもよ」とのLINEのメッセージを送信したところ、被告は、「こどもの相手をしてから言って。Cは今出て行ったよ。テレビ見たり雑巾洗っていたわ。」とのメッセージを返信した。

被告が、平成28年10月10日、原告に対し、「Cがね、親が不仲で嫌なんだって。早く死にたいって言って物投げたり暴れてるわ。」とのLINEのメッセージを送信したところ、原告は、「だからって仲良くならないし、そういう事も理解して行かないと行けない年頃だと思います」とのメッセージを返信した。

被告が、平成29年10月19日、原告に対し、「あなたが家を出た正当な理由を教えてもらえますか?」とのLINEのメッセージを送信したところ、原告は、「正当って何?ずっとお話して来たことでしょう。君とはもう一緒に暮らしたくないのです」などのメッセージを返信した。

LINEイメージ

 

裁判所の判断ポイント

裁判所は、「性格・価値観の不一致」だけでは婚姻破綻を認めにくいとしつつも、別居が4年6か月を超えた事実を根拠に、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)が成立すると判断しました。

「原告と被告との間に婚姻の継続を困難とするほどの性格、価値観等の不一致があったと認めるには足りない」としつつも、「原告と被告との別居期間が4年6か月を超えるものになっていること自体が原告と被告との婚姻関係の破綻を基礎付ける事情であるといわざるを得ない」として、婚姻関係の破綻を認めています。

実務上、別居2年半以上で破綻が推定される傾向が強まっており、本件もその流れに沿ったものです。

 

兵糧攻めで「有責配偶者」

しかし、破綻認定のみでは離婚請求を認めるに足りません。

裁判所はさらに、破綻の主たる原因が次のとおり夫の一方的な行為によると認定しました。

「原告と被告との婚姻関係が破綻するに至った原因は、一方的に被告との離婚を実現させようとした原告が、被告との別居に踏み切るにとどまらず、被告に対して婚姻費用分担義務を負っていることを顧みることなく、兵糧攻めともいうべき身勝手な振る舞いを続け、婚姻関係の修復を困難たらしめたことにあったと認めるのが相当である。」

婚姻費用分担義務を真摯に果たさず、離婚を有利に進めるため経済的圧迫を敢行し、その結果、夫婦関係の修復を著しく困難にしたと認定。

信義誠実の原則違反:婚姻期間約11年に対し別居期間が4年6か月程度に過ぎないこと。

未成熟子(14歳と10歳)が存在すること。

子の監護養育にあたる被告が経済的に極めて過酷な状態に置かれると想像されること。

これらの事情に照らし、「原告の離婚請求は、信義誠実の原則に反するものであるというのが相当である。」と結論付け、原告の離婚請求を棄却。

これにより、夫は「有責配偶者」とされ、信義誠実の原則に反し離婚請求が許されないと結論づけられています。

 

有責配偶者の離婚

 

後から支払っても遅い

夫は家庭裁判所の判決を不服として控訴。しかし、控訴棄却の判決となっています。

東京高判令和4年11月15日では、口頭弁論後に未払婚姻費用を一括して支払った事実があったものの、過去の行為が消えるわけではないとして、有責配偶者認定を覆しませんでした。

家庭裁判所で負けたから慌てて支払っても考慮されないという結論でした。

婚姻費用

 

婚姻費用拒絶は危険

兵糧攻めの有責配偶者抗弁は、従来の不貞・DVなどと比べて事例が少なく、実務上は貴重な判断例といえます。

別居長期化と婚姻費用不払の組み合わせが、破綻認定と有責性認定の両面でどう評価されるかが示されています。

信義誠実の原則に則り、一時的な支払回復だけでは十分とされない厳格さが示された点は、同種事案への抑止効果も期待できるでしょう。

しかし、婚姻費用を払わない行為が、今後は、兵糧攻めという表現になるのでしょうか。

 

まとめ

婚姻費用は夫婦のライフラインといえます。

正当に支払わないことは信義に反し、かえって不利を招くことがあるでしょう。

特に、婚姻費用審判が出ているのに無視して離婚裁判を続けるのはかなりのリスクです。

それを理由に有責配偶者とされるのであれば、離婚請求はできず、延々と婚姻費用を払い続けることになるでしょう。

別居を選ぶ場合でも、経済的支援を適切に継続する努力が必要といえます。

 

まとめ

兵糧攻め判決のFAQ

Q1: 本件の夫婦は、なぜ離婚を求めたのですか?

A1: 夫(原告)は、妻(被告)との性格や価値観の不一致により、4年以上にわたる別居期間を経て婚姻関係が破綻したと主張し、民法第770条第1項第5号に定める「婚姻を継続し難い重大な事由」があるとして離婚を請求しました。また、2人の子(長男と二男)の親権者を妻と定めることも求めていました。

 

Q2: 裁判所は夫婦の婚姻関係が破綻していると認めましたか?

A2: はい、裁判所は、夫と妻の別居期間が4年6か月を超えていること自体が婚姻関係の破綻を裏付ける事情であると判断し、民法第770条第1項第5号に定める婚姻を継続し難い重大な事由があると認めました。裁判所は、性格や価値観の不一致があったと認めるに足りる証拠はないとしつつも、長期間の別居がその破綻を基礎付けるとしました。

 

Q3: 夫が「有責配偶者」と判断されたのはなぜですか?

A3: 夫が有責配偶者と判断された主な理由は、「兵糧攻め」とも言える振る舞いを続けたことにあります。夫は一方的に別居を開始した後、婚姻費用分担金の支払いを停止し、さらに、妻と子供たちが居住する住居の賃料支払いを求める訴訟を提起しました。これは、妻に離婚を一方的に受け入れさせようとする身勝手な行為であると裁判所は認定しました。婚姻関係が破綻に至った原因は、夫が婚姻費用分担義務を顧みず、関係修復を困難にしたことにあるとされました。

 

Q4: 夫の離婚請求は最終的に認められましたか?

A4: いいえ、夫の離婚請求は棄却されました。裁判所は、夫が有責配偶者であることから、その離婚請求は「信義誠実の原則」に反すると判断しました。特に、別居期間が婚姻期間に比べてまだ短いこと、未成年の子がいること、そして婚姻費用の支払いを受けられなくなると妻が経済的に極めて過酷な状況に置かれることが考慮されました。

 

Q5: 夫は婚姻費用分担金を支払う意思を示しましたが、これは判決に影響しましたか?

A5: いいえ、夫が本人尋問で婚姻費用分担金を支払う意向を示し、また控訴審判決後には未払い分を全額支払い、今後の支払いも継続するようになったにもかかわらず、この事実が判決を左右することはありませんでした。裁判所は、過去の「兵糧攻め」とも言える身勝手な振る舞いの事実が消えるわけではないとして、有責配偶者である夫の離婚請求が信義誠実の原則に反するという判断を維持しました。

 

Q6: 「兵糧攻め」とは具体的にどのような行為を指しますか?

A6: 本件における「兵糧攻め」とは、一方の配偶者(本件では夫)が、別居中の相手配偶者(妻)に対して婚姻費用(生活費など)の支払いを停止したり、居住する場所を失わせようとするなど、経済的に追い詰める行為を指します。これにより、相手に自身の離婚要求を受け入れさせようと意図します。この事案では、夫が婚姻費用を支払わないだけでなく、妻が住んでいた自宅の賃料を請求する訴訟まで起こしたことがこれに該当します。

 

Q7: 長期間の別居は、離婚訴訟においてどのように評価されますか?

A7: 離婚訴訟において、長期間の別居は婚姻関係の破綻を認定する上で非常に重要な要素とされます。本件でも、4年6か月を超える別居期間があること自体が、婚姻関係の破綻を基礎付ける事情であると認められました。実務では、2年半以上の別居期間があれば、婚姻関係の破綻が認定される傾向が強いと指摘されています。

 

Q8: この判例が離婚実務に与える影響は何ですか?

A8: この判例は、婚姻費用分担金の不払いなどによる「兵糧攻め」が、有責配偶者の抗弁として認められ、離婚請求が棄却される具体的な事例として、実務の参考になるとされています。不貞行為やDVといった一般的な有責行為だけでなく、経済的な嫌がらせも有責配偶者と認定される行為になり得ることを明確に示した点で、注目されます。これにより、離婚を急ぐために経済的な圧力をかける行為が、かえって離婚請求の棄却につながる可能性を示す重要な判例となります。

 

 

 

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