FAQ(よくある質問)
よくある質問
Q.不貞配偶者は監護権を失う?
「不適切な母」と見なされがちな行為があっても、直ちに監護権を失うとは限りません。
本件では、幼い子を残した夜間外出という行動から母が監護者として不適格と判断された原審を、高等裁判所が覆しました。
判断の軸となったのは、道徳評価ではなく「子の福祉」と「主たる監護者の継続性」。裁判所は何を基準に親権・監護権を判断するのか、その本質を解説します。
この記事をチェックすると良い人は、次のような人。
- ・不貞した妻に子供を任せられないと考える夫
- ・離婚・別居中で親権・監護権を争っている父母
「不適切な母」と監護権判断
「子どもを放置して夜遊びを繰り返していた」「出会い系サイトで知り合った男性と会うために夜間外出を繰り返していた」。
監護権や親権争いにおいて、このような事実が明らかになれば、その親が不適切だと多くの人が考えるでしょう。
道徳的に問題のある親が、子どもの監護者として不適格と判断されるのは、ごく自然なことに思えます。
しかし、この常識を覆すような判断が裁判所で下されることも珍しくありません。
幼い子どもたちを家に残して夜間外出したとされた母親が、一度は家庭裁判所で監護権を失ったものの、高等裁判所でその決定が不十分であるとして取り消され、審理をやり直すよう家庭裁判所に差し戻されたのです。
この記事では、高等裁判所が下したこの意外な判断の背景にある、重要な法的原則を深く掘り下げます。
親権をめぐる裁判で、裁判所が本当に重視する「子の福祉」とは一体何なのか重要なポイントを解説します。
当事者関係
• 申立人(抗告人): 未成年者らの母(昭和57年生)。結婚後、専業主婦であったが、現在は勤務している。
• 相手方: 未成年者らの父(昭和51年生)。新聞記者。
• 未成年者: 長男(C、平成20年生)、二男(D、平成22年生)、長女(E、平成25年生)。
本件は、父が母を自宅から閉め出し、未成年者らを自身の両親が住む実家に連れて行き、そこで生活を始めたことで母と子が引き離された状況から発生。

当事者の動き
• 母の行動: 平成27年春頃から、長女を実家に預けた上で、就寝中の長男および二男を自宅に残したまま、出会い系サイトで知り合った複数の男性と会うために夜間外出や外泊を繰り返していた(多いときには週3回程度)。
◦ 母が述べた理由: 夫の子育てへの非協力、夫が自身の悩みに向き合わないことへの不満、夫の浮気などが原因であると主張。
• 父の対応: 父は母の行動に危機感を抱き、平成27年に警察へ相談。警察はこれを児童虐待と判断し、子ども家庭センターに虐待通告を行った。
• 別居の直接的契機
◦ 平成27年□□月□□日、母が父に対し「死にたいいやや。こどもらもすてたい。」という内容のメールを送信。
◦ 父は事態が緊迫していると判断し、自身の父母に連絡。駆けつけた父方の祖父母が未成年者らを保護し、実家へ連れて行きました。
◦ その後、父は母の父と協議。母の父は、母の不安定な状況を相手方から聞いており、未成年者らが父方の実家で暮らすことに同意。
しかし、母は、子らと同居を希望。
未成年者の母(申立人・抗告人)が、父(相手方)に対し、子の監護者指定および引渡しを求めた事案となります。

裁判所の判断
第一審の奈良家庭裁判所は、母が幼い子らを自宅に残して夜間外出を繰り返していたことを「適切さを欠く」監護と判断し、父による現行の監護体制を維持することが子の福祉に資するとして母の申立てを却下。母の監護養育に「看過できない問題」があった上での別居であり、父による監護の開始に「違法性があるとは認められない」と判断しました。
しかし、控訴審の大阪高等裁判所は、この第一審判決を審理不十分として取り消し、事件を奈良家庭裁判所に差し戻しました。
高裁は、監護者指定においては、子の出生以来の主たる監護者による監護を継続することが原則であると指摘。
母の不適切な行為が子に与えた具体的な悪影響や、別居前の日常的な監護状況が十分に明らかにされていない点を問題視しました。
さらに、母が監護者となった場合の監護体制を検討することなく、父方の監護体制を維持すると結論付けた第一審の判断を「十分な検討を経たものとはいえない」と批判。父方の監護についても、日中の大部分を祖父母が担うことになるが、その監護の実情は十分に明らかにされていないとも指摘。
結論として、本件は、主たる監護者に不適切な行為があった場合でも、その行為が子の福祉に与える具体的な影響を客観的証拠に基づき慎重に判断し、両親双方の監護体制を比較検討する必要があることが示されたといえます。

最も重視されるのは「主たる監護者の継続性」
まず高裁が判断の根幹に据えたのは、「主たる監護者の継続性」という原則です。
これは、離婚や別居によって子どもが受ける精神的な影響を最小限に抑えるため、これまで主に子どもの世話をしてきた親(主たる監護者)による監護を、可能な限り継続させるべきだという考え方です。
本件において、母親(抗告人)は子どもたちの出生以来、別居に至るまで一貫して「主たる監護者」でした。
高等裁判所はこの事実を非常に重く見て、次のように述べています。
別居中の夫婦間において子の監護者を定めるに当たっては,子の出生以来主として子の監護を担ってきた者(主たる監護者)と子との間の情緒的な交流や精神的なつながりを維持して子の精神的安定を図り,別居による子への影響をできるだけ少なくすることが子の福祉に適うものであるから,従前の主たる監護者による別居前の監護や同人が監護者に定められた場合の監護態勢に特段の問題がない限り,従前の主たる監護者を監護者と定め,同人による監護を継続するのが相当である。
この原則が強力なのは、争いの焦点を「どちらの親が人間として優れているか」という道徳的な比較から、「どちらの環境が子どもの心理的安定を最も保てるか」という、子ども中心の視点へとシフトさせる点にあります。
裁判所は、親の過去の過ちを罰することよりも、子どもの安定した生活環境を守ることを優先したのです。
「不適切な行為」だけでは不十分。子どもへの具体的な悪影響の証明が必要
家庭裁判所の判決では、母親の行為が厳しく断じられました。
彼女が幼い息子2人を家に寝かせたまま、出会い系サイトで知り合った男性と会うために夜間外出を繰り返していた事実は、警察によって児童虐待とも判断されていました。
この違いは、両裁判所の判断基準の差に現れています。
• 家庭裁判所(原審): 母親の夜間外出という行為そのものを「適切さを欠くものであった」と評価し、彼女を監護者として不適格と判断しました。
• 高等裁判所(高裁): 母親の行為が不適切であることは認めつつも、それだけでは親権を否定する十分な理由にはならない、としました。

高裁が問うたのは、「その不適切な行為が、子どもたちに具体的かつ証明可能な悪影響を与えたのか?」という点でした。
高裁は、母親の監護が本当に問題だったかを判断するためには、客観的な証拠が不足していると指摘しました。
例えば、「長男の小学校および二男の幼稚園の出欠状況やそこでの様子」「長女の健診の受診状況等」といった、子どもたちの日常生活に具体的な問題が生じていたことを示す証拠がなければ、母親の私生活上の問題と監護能力を直結させることはできない、と考えたのです。
これは、裁判所の役割が親の品行を裁くことではなく、あくまで「子の福祉」という未来志向の観点から、監護環境の継続性を維持できるかを判断することにあるためです。
個人的な非行が、子どもの生活に直接的な害を及ぼさない限り、最も重要な「継続性の原則」を覆す理由にはならない、という高裁の強い意志が読み取れます。
「決定的な証拠」も文脈が重要視
この裁判で、父親側が母親の不適切さを裏付ける決定的な証拠として提出したものに、母親から送られてきた一通のメールがありました。
「死にたいいやや。こどもらもすてたい。」
この一文だけを読めば、母親が育児を放棄する意思を持っていたかのようで、極めて不利な証拠に見えます。
しかし、高等裁判所はこのメールが送られた状況、つまり文脈を重視しました。
判決文によれば、このメールは「抗告人が,未成年者らを自動車に乗せて入院中の母を見舞いに行くにあたって,イライラが募った中で相手方に送ったメール」でした。
高裁は、このメールが母親に強い精神的負荷がかかっていたことを示しているとは認めましたが、それをもって「抗告人が未成年者らの監護を放棄したとか,その監護が不適切であったと認めることはできない」と結論付けました。
一時的な感情の高ぶりの中で発せられた言葉を、彼女の恒常的な監護姿勢や本心と同一視することはできない、と判断したのです。
家庭裁判所がこのメールを母親の監護者としての資質を否定する「結果」として捉えたのに対し、高等裁判所は、それを極度のストレスという「原因」から生じた一時的な感情の表出として分析しました。
この視点の違いこそが、両者の結論を分けた決定的な要因の一つです。

親権は「親への罰」ではなく「子のための最善」を選ぶ手続き
この裁判例は、私たちに親権をめぐる判断の核心を教えてくれます。
1. 子どもの安定のため、「主たる監護者の継続性」が最優先されること。
2. 親の「不適切な行為」だけでは不十分で、子どもへの「具体的な悪影響」が証明されなければならないこと。
3. 決定的に見える証拠も、それが生まれた「文脈」の中で慎重に評価されること。
結局のところ、親権者の指定は、過去の行いを裁いて「良い親」に報酬を与え、「悪い親」を罰するための手続きではありません。それは、あくまで未来を見据え、数ある選択肢の中から、子どもの将来の福祉にとって何が最善の道なのかを冷静に判断するプロセスなのです。
「子供の福祉」とは具体的に何を指し、どうすれば最も客観的に判断できるのか。この事件は、私たちにその難しさと重要性を改めて問いかけています。
母親が子どもを家に置いて不貞行為に及んでいる、そんな母親には子供を任せられない、という相談は多いのですが、それだけでは親権者・監護権者になれるわけではありません。
大阪高等裁判所平成28年8月31日決定
「別居中の夫婦間において子の監護者を定めるに当たっては,子の出生以来主として子の監護を担ってきた者(主たる監護者)と子との間の情緒的な交流や精神的なつながりを維持して子の精神的安定を図り,別居による子への影響をできるだけ少なくすることが子の福祉に適うものであるから,従前の主たる監護者による別居前の監護や同人が監護者に定められた場合の監護態勢に特段の問題がない限り,従前の主たる監護者を監護者と定め,同人による監護を継続するのが相当である。」
「抗告人に上記の不適切な行為があったからといって,これのみで抗告人による監護が将来的にも適切さを欠くとし,未成年者らを主たる監護者である抗告人から引き離し,相手方による単独監護に委ねるのは,子の福祉の点からは十分な検討を経たものとはいえない(なお,抗告人は,平成27年□□月□□日午後3時34分ころ,「死にたいいやや。こどもらもすてたい。」というメールを相手方に送信したことが認められるが,これは,抗告人が,未成年者らを自動車に乗せて入院中の母を見舞いに行くにあたって,イライラが募った中で相手方に送ったメールであり,抗告人が精神的に負荷のかかった状態にあったとは認められるものの,上記メールの内容から,抗告人が未成年者らの監護を放棄したとか,その監護が不適切であったと認めることはできない。)。」
家裁でもっと調査しなさいという内容ですね。
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