FAQ(よくある質問)
よくある質問
Q.婚姻費用合意の無効確認の訴えはできる?
婚姻費用の合意後に、相手の年収が実際より低く伝えられていたと判明した場合、過去の合意を民事訴訟で無効確認すべきなのでしょうか。
この記事では、令和7年9月4日の最高裁判決をもとに、確認の利益、家庭裁判所の判断権限、婚姻費用分担調停・審判で主張すべきポイントを解説します。
この記事をチェックすると良い人は、次のような人。
- ・別居時に決めた婚姻費用の金額に納得できない人
- ・相手の年収が実際と違っていたと判明した人
婚姻費用算定の年収が違った
夫婦が別居する際、生活費(婚姻費用)をいくらにするかを話し合いで決めることは実務上よくあります。しかし、合意のあとに「相手が嘘の年収を伝えていた」「本当はもっと高い金額をもらえたはずだった」と判明した際、過去の合意を「無効」として、遡って不足分を請求できるのでしょうか。
これまで、このような合意の効力を争うには、民事訴訟で「無効確認」を求めるべきか、家庭裁判所の審判手続の中で主張すべきか、実務家でも判断が分かれる部分がありました。
この問題に終止符を打ったのが、令和7年9月4日の最高裁判決です。
なぜ「合意の無効」を訴えたのか
今回の事案では、妻(X)が、合意の前提となっていた夫(Y)の年収が事実と異なっていたとして、合意の無効を訴えました。
背景を整理します。
合意の成立: 平成29年1月、XとYは婚姻費用を月額16万円とする合意(本件合意)を締結。
年収の乖離: Xが令和2年に婚姻費用分担の審判を申し立てたところ、調査の結果、合意当時のYの年収は前提とされていた約860万円ではなく、実際には約1315万円であったことが判明。

家庭裁判所の決定: 家裁は、年収の差を「事情の変更」と認め、審判申立て時(令和2年11月)以降については月額29万円への増額を決定。
Xの狙い: Xは「審判を申し立てる前」の期間についても不足分を請求したいと考えました。
そのためには「16万円の合意」そのものが最初から無効であったと確定させる必要があると考え、別途、民事裁判で合意の無効確認を求めたのです。

争点:訴えの「確認の利益」とは何か
この裁判で最大の焦点となったのが、民事訴訟における「確認の利益」です。
これは、簡単に言えば「わざわざ裁判をしてまでその事実を確認する必要性や適切性があるか」というハードルです。

原審(東京高裁)は、以下のような論理でXの訴えを「適法(確認の利益あり)」と認めました。
一度有効な合意が成立すると、事情の変更がない限り、家裁は異なる金額を定められない。過去の期間について適切な金額を定めるには、まず訴訟で合意の無効を確定させることが、紛争解決のために最も適切かつ必要である
つまり、合意が「壁」となって家裁の判断を阻んでいるため、まずその壁を壊すための別訴が必要だという判断でした。

最高裁判所の判断とその理由
しかし、最高裁はこの原審の判断を破棄し、訴えを「不適法(却下)」としました。
婚姻費用合意の無効確認を求める訴えは確認の利益を欠くと判断し、原判決を破棄し、控訴を棄却という結論です。
つまり、婚姻費用の合意無効を民事裁判で争うことは認められない、確認の利益がないと断じたのです。
地裁・却下
高裁 できる
最高裁・却下
という内容でした。

最高裁が示した核心的な理由は、以下の通りです。
「婚姻費用の分担の内容は、婚姻費用合意によって、以後、固定されるものではなく、適時に新たな形成があり得るものである。」「別途民事訴訟で婚姻費用合意が有効に成立したか否かが確定されていないからといって、家庭裁判所が婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することが妨げられるわけではない」
最高裁のロジックは、家庭裁判所には非常に強力な「形成権(新たな法的状態を作り出す権限)」があるという点に集約されます。
家裁は「壁」を自ら超えられる: 家庭裁判所は、合意の有無や有効性だけにとらわれず、夫婦の収入や生活状況といった「一切の事情」を考慮して、適正な金額や支払の始期(いつまで遡るか)を自ら判断できます。

別訴は解決を遅らせるだけ: 民事訴訟で合意の有効性を争うと、その結論が出るまで家裁の審判が止まってしまい、迅速な生活費の確保という目的が阻害されます。

家裁だけで債務名義が得られる: 仮に家裁が「合意は有効であり、金額も16万円が妥当」と判断した場合でも、家裁はその16万円の支払を命じる「審判」を下せます。これにより、改めて合意に基づく給付訴訟を起こさなくても、家裁の手続だけで強制執行に必要な「債務名義」が得られるのです。
却下と聞くと、妻側に厳しい判断のように聞こえてしまいますが、最初から家庭裁判所で良いという判断であり、婚姻費用を請求する側に有利な判断といえるでしょう。
遺産分割協議との違いと実務への影響
実務上、「遺産分割協議の無効確認」は民事訴訟として認められています。
なぜ婚姻費用では否定されたのでしょうか。
最高裁は、両者の決定的な違いを「静」と「動」の対比で捉えています。
遺産分割(静): すでに完成した「過去のパイ」をどう分けるかという問題。一度確定させることが重要。
婚姻費用(動): 今、そして明日を走り続けるための「車の燃料」のようなもの。
遺産分割は「終わったことの整理」ですが、婚姻費用は「今を生きるための経済的安定」そのものです。
止まってはいけない車に燃料を補給する際、補給契約の正当性を何年もかけて裁判で争う余裕はありません。だからこそ、家庭裁判所が「遡及(過去に遡ること)」というエンジンを使い、柔軟に、かつスピーディーに今の実態に即した金額を決め直す必要があるのです。

確認の訴えの考え方
確認の訴えは、原則として、紛争中の現在の法律関係を対象とします。過去の法律関係については確認の利益が否定されることになります。ただ、例外的に、過去の法律関係であっても、それを確定することが現在の法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合には、その存否の確認を求める訴えは確認の利益があるものとして許されます(最三小判平7.3.7)。
遺産分割協議の無効確認などは、ここで認められた分野です。
これに対し、婚姻費用は認めなかったという結論です。
まとめ:婚姻費用のトラブル
今回の最高裁判決は、私たち実務家にとっても非常に重要な指針となります。
「合意が無効だから、まずは民事裁判で決着をつけなければ」という遠回りは、今後は認められません。
もし婚姻費用の金額に納得がいかない、あるいは過去の合意に重大な錯誤(勘違い)があったという場合、取るべき最善の手続きは、家庭裁判所への「婚姻費用分担の調停・審判」の申立てです。
家裁の手続において、「合意の経緯にはこのような問題があった」「実際の収入はこれほど乖離していた」という事情をすべて主張してください。
最高裁のロジックによれば、家裁はそれらを含めた「一切の事情」を考慮して、適切な金額を定めることができます。
また、実務上は「申立て時」を支払の始期とすることが多いですが、今回の判決は、家裁が公平の観点から「それ以前の過去」まで遡って判断する柔軟な裁量を持っていることを改めて裏付けるものと言えます。
家庭裁判所で過去の婚姻費用は変更できない、請求できない趣旨のことを言われたら、この判例を示しましょう。
法的な合意は重いものですが、婚姻費用においては家族の生活実態が優先されます。一人で悩まず、専門家とともに、家庭裁判所での抜本的な解決を目指されることをお勧めいたします。
婚姻費用に関するご相談(面談)は、以下のボタンよりお申し込みください。














